幻の
戦前に愛宕山に存在していた・・・
茶店屋の親父から・・「上には立派なホテルがあってなぁ〜!」と常々よくホテルのことは聞かされていました。更に、「自動ドアの付いた玄関やった。外には飛行塔もあったぁ〜」と。
 これには半信半疑だったが、今の自動ドアを想像する事は無理としても、なんらかの操作で、ひとりでにドアが開いたのでは・・・・?何としても「愛宕ホテル」の存在した場所を見つける。
茶店の親父からは、おおよそのポイントしか聞いていなかった。簡単にいえば、「昔のケーブル頂上駅から少し上がった所・・・・」これだけでは・・・?
地元の消防団の人の参考意見も交えて、ついに見つけてきました。
 この時も一人で行った事を・・・・後悔しました。うっそうと茂った雑木林。昼なお薄暗い。正直あまり長い時間いられませんでした。
最初に目に飛び込んできたのが・・・これ!
何だ?これは・・・気持ち悪い〜。いつもわたし一人で来るもんだから・・・・。
写真の左上に黒く写っている部分まで行き、恐る恐る中を覗きました。
 満々と水が溜まっていました。この周りを一周してどうもホテルの貯水槽だったのでは・・・と推察しました。
愛宕山ホテル
先ほどの「貯水槽」と判断した所から、西へ50米ほど行くと・・・・・これだ!直感でホテル跡と思った。間違いない!上の写真は、玄関の階段に見える。
 ここは地形が完全に台地上になっている。70年〜75年前は、周りの雑木は無かったろう。そうすれば、この地は素晴らしい展望の立地条件だったと推察できました。
ホテルの外壁は、全てこのように石を組み込んだ(?)ように仕上げてありました。
なんと素晴らしい職人の技でしょう!感嘆しました。
ここは、173センチの私が、潜るのに腰を曲げないと通れませんでした。長い年月の間に相当量の「落ち葉」、「土砂」等が堆積したのではないかと推測します。
この3枚の写真が、往時の愛宕ホテルを想像させる残影でした。まるで昔の城のような建物。この窓から京都市内や、ケーブルの駅を、宿泊者は見ていたのだろうか?
 はたしてホテルは何階建てだったんだろうか?
左の写真は、西側。上は南側の方向を向いています。
上三枚の写真は全て、ホテル内部です。往時の間取りを想像してください!
私のような素人には、このホテルがどれ位の規模であったのか想像がつきません。しかし、男のロマンみたいな世界に導かれた想いは経験しました。
 約70年も前に、このホテルでは、どんな人々が宿泊をし、愛宕の山を見に来られたのか?例の茶店屋の親父が言っていた。
「外人さんもよく見かけた!」と。・・・・下の当時の貴重な写真を見てください!
何故か、2階以上の残骸が見当たりません!一階部分は残存するのに・・・・二階から上は、木造の山小屋様式だったのか? 上の写真は、室内から窓越しに外を見る。70年程前は、樹木も無く素晴らしい展望が見えたと想像します。
昭和5年の愛宕山ホテルで遊園地飛行塔開業を
告知したパンフレット。
イラストながらホテル建物の全容がわかる貴重な物。
愛宕ホテルから見た愛宕駅.。「秋」という文字の右下に桂川が写っています。川の左は、京都市内が見えていたと思います。左の白い建物が終点「愛宕駅」です。
この案内図には、飛行塔とホテル開業予告の印が捺してあることから、昭和5年夏頃の製作と思われる。下には、大覚寺、大沢の池、広沢の池まで描かれています。
愛宕ホテルの正面玄関と思われます。階段が、私が写した上から二番目の写真と合致します。
当時の愛宕ホテルの全景写真です。この写真を良く見ると建物の下に石垣のような物が見えます。そして、「ルテホ山后愛」の白い文字の上に道が左から右に横切っています。そして、左上に曲がり玄関に続く道がはっきり判ります。この道は、ケーブル駅からの道だと思います。
 つまり、私が写してきた写真の石垣の上に、木造の山小屋風?のホテルがあったのだと推測できます。
飛行塔:真ん中には外国の女性?ですかな?